桶川に移り住んで雑感
2012/03/31
その二は近所づき合いについてである。埼玉の農家は、隣との距離がありすぎる。このことは家と家のつき合い方にも距離があることを物語る。農家のまわりに田畑があり裏には屋敷林がある。この立地条件が隣との距離を広げ一戸一戸の確立をきわ立たせている。そこで近所づき合いということになると旧農村に見られる隣組組織を通しての行事や冠婚葬祭が中心である。その他のつき合いは、何か用がある時などに隣へ出向いてお茶を飲み、話を済ませてくるという事になる。以外と外見を気にしたりして、他人には弱みをみせまいとする傾向もある。近所づき合いにも距離を感ずるのはいなめない。
結婚したての頃私のとる行動に無駄が生じた時、主人が言ったことばに「隣が金持ちになる」があった。これは自分の家がヘマをしていると隣に負けてしまうと言うことである。私は愕然としてしまった。本来なら隣組は信愛なる関係でなくてはならないものを、こともあろうかライバルとして捉えているのだ。ともあれ常に近所を意識した生活がほどよい緊張感で息衝いているのかも知れない。
私の育った四国の田舎では埼玉とは全く違い、土地は狭く家と家はくっついている。家の中の話し声まで聞こえてくるのだから隠しごとはできない。こんな立地条件にある為、顔が会えばおしゃべりに花が咲き(お茶は飲まない)美味しいものがあれば皆に分けあう。身も心もあっけらかんとしていて、遠慮なく助け合いの相互作業もできるようになっている。そこには近所づきあいの距離はない。
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