桶川小学校の二宮金次郎像をみて

 町より職工組合へ「50円を贈る」とあるが、当時の50円は今の幾ら位かを秋山有世氏に訊ねた。同じ比呂氏日記の昭和15年2月に、町の諸給与条例の報酬規程(年額)に、町長30円以上80円、助役30円以上50円、区長5円以上10円などとある件を発見した由。「物価の比較は極めて難しいが、当時の50円は大雑把に“500万円”位ではなかろうか、」とのご返事だった。今の500万円は大金である。想うに、町の公共物ともいえる尊徳石像の建設を、「全て職工組合の経費に任せてよいだろうか?」と町側は考慮し、「経費の一部を町が負担する」と言えば職工組合の誇りに疵を付ける事になる。そこで、“組合の善意に対する御礼、として50円を贈ろう!”と町側が考えた結果、と筆者は想像するが如何なものだろうか。秋山有世氏提供のご父君資料を観て、文書の貴重さを改めて思った。筆者がチラッと此の像を見ての所感から、この様に展開し建設当時の状況が判るとは思いもよらなかった。桶川小学校々庭の二宮尊徳像が「解って呉れて有り難う!」と言ってくれるだろう。

 

注・建設当時の記録では、この像を「二宮尊徳」と称している為、本文はそれに従っている。「尊徳」名は成人し、功なった後の名である。この像自体は少年期のものである為、別文では幼名の「二宮金次郎」と表している。

 

















 

 
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