川瀬と堰の思い出

小林 文明


 昨年(平成24年)秋、川越市立美術館にて秩父(皆野)出身でS市柏原ニュ-ウタウン在住の方の個展を参観した。作品で入間川河原・堰・近隣公園・秩父山麓等の光景を見て自分の入学前幼児期のことをとても懐かしく思い出した。

 小学校に入学する前の記憶であるので大分大昔のことである。県西部地区の田舎に生まれた。戦後間もなくのことで10年も経ってない時期なので世の中がまだ落ち着かない時であったと思う。物資も欠乏していたと思う。最近のように何でもあり、望む物がすぐに手に入る様な状況ではなかった。子供たちは遊びひとつにしても工夫をして、季節々に応じて所謂餓鬼大将(先輩)の統率のもと、役割分担して遊び呆けたものである。裏隣にSさんと言う先輩がいた。小さい時から「文明、文明」と可愛がられた。


 夏は近所の川縁へ大勢で水浴びに毎日のように通った。今と違い河川の流量も豊かで大分多い。奥富(おくどみ)?堰の下流辺りには蛇籠(じゃかご)の先に深淵も何ヶ所もあり、悪童たちの格好の飛込み場所で、それこそ唇が真っ青になる位まで何度も何度も淵へと飛びこんでは泳いだり、冷え切った体を起こして河原の熱い石の上に「甲羅干し」よろしく体を暖めた。瀬音激しく流れる浅瀬に先輩の親父さんと一緒に投網での鮎やウグイ漁に足手まといながら付いて行って楽しんだり、堰の上流部分の水溜まりへ行き置針を施し鯰や鰻の翌朝かかるのを期待した。

 

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